ジョエル・パーキンソン
スポンサー: Billabong, Von Zipper, Kustom, JS Industries
好きなポイント: Kirra, Snapper Rocks (Aus)
メインシェイパー: JS, from JS Industries
メインサイズ: 3x  6’2”x18-3/8x2-1/4; 6’6”x18-3/8x2-1/4
好きなサーファー: Occy, Matt Hoy
訓練: サーフィン, 実行中の
好きな音楽は:ドノバンからメタリカまでなんでも好きさ
他に興味のある事:車と好きなサッカーチームの試合を見る事

Joel Parkinson現象:マジで信じられない

Parko が26年間(もうすぐ27年)に成し遂げたことを考えてみると驚いてしまう。彼が若い人生から抽出したものは、ある人々が一生を掛けて得るものよりも大き かったりする。彼はWCTのサーキットで自分達の名を売り出している若いオージーの連中達にとって不可欠な存在で、過去4年間で2回も世界タイトルまであ と一歩のところまで行っている。2006年にリリースされたJack McCoyの映画「Free as a Dog」では、仲間のTreyとメインで出演したし、子供の頃によく遊んだCoolangattaの上の方には家も構えた。彼女のMonicaとは’05 年に夫婦になり、今は二人の娘EvieとMacyの誇り高き父親でもある。

Parkoの才能は、神童が持つ何かと似ている。

90 年代半ば〜後半の激烈なAustralian Junior Seriesから生まれた、世界ジュニアのデュアルチャンピオンParkoの才能は、早い段階から芽生えていた。一番始めに大きな名声が上がったのは、ま だきゃしゃな17才のワイルドカードが’CT45を負かした時だった。そんなことはBillabong Pro Jeffreys Bayで誰も予想していなかった。その後2001年にWCTに進み、ルーキーイヤーで21位の成績を収めた。2002年には’CTのポジションで2位に浮 上し、タイトルコンテンダーとして噂され始め評判を確固たるものにした。2003年には5位まで落ちたが、’04年には世界タイトルをAIから奪い取る寸 前のところまで復活した。2005年には娘Evieの出産ために2つの大会を欠場したが、もし出場していたら世界タイトルを取っていたかどうかと、どうし ても考えてしまう。

オーストラリアの2つの大会で9位と2位になって堅いスタートを切った2006年、しばらくの間Parkoはトップ 10にいた。もし、ブラジルのNova Schin FestivalとPipeline Mastersの最終2戦でもう少し良い結果を残していたら、Parkoが’06年をトップ3で終えていた可能性は十分に考えられる。

カ リフォルニアのBoost Mobile Proでの痛いミス以外、堅い結果を残した2007年、Parkoは再び世界のトップ5でシーズンを終えた。年間を通して追い続けていたが、ワールドタイ トルを獲得するには優勝が必要だった。Parkoにとって2007年の一番大きな出来ごとは、旧友でライバルでもあるMick Fanningが初めてのワールドタイトルを獲得するのを見届けたことだろう。彼は、頂点に立つには何が必要なのかを知った。仲間の優勝を共に祝ったが、 心の奥深くでは炎が燃えていることは明らかだった。Mickの優勝はParkoに火を灯した。我々も準備しておこう。彼は全開で’08シーズンに突入して くる。

なぜそんなにイージーに見えるのか?


ある人々は、第3ステップをパスして優勝ステージに到達するこ となく、再クオリファイのための堅実性に頼って’CTをよたよた歩きする。正直に言おう。そこは、大きなエキストラなものを発する人達だけに富というもの が限られている過酷なスクールである。Parkoが、ジュニアにも関わらずランキングに飛び込んだ後、数少ないエリート達を相手に対等に戦い続けられてい るのは、まぐれでも偶然でもない。彼の仲間の競争相手達が、年々、Parkoのことをワールドタイトルをもぎ取る実力のある数少ない危険人物の一人である と位置づけていることは、明記しておくべきだろう。

その時が近づいている。。。

Parkoはオリジナルの 「Coolie kid」だ。仲の良いFanningやDeanoと共に、彼はワールドサーフィンの世界をホームブレークのロングポイントで仕込まれた才能で溢れさせた。 彼からは典型的な天賦の才能の持ち主の気質が滲み出ている。彼のカジュアルでなおかつ素早く爆発的なスタイルは、世界シーンの他のサーファーとはまた違 う、ユニークなレイジー具合を見せている。海から上がったParkoは、他の少年達と何ら変わらない。仲間の勝利を惜しみなく祝い、いつもいち早くオー ジーの国旗の元に駆け寄る彼は、Coolangattaで植え付けられた価値観に忠実にあり続ける。