タジ・バロウ
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スタンス: レギュラー
好きなポイント: Home sweet home and Mentawais (Indonesia)
車: Audi A4, Ford f150, Holden Commodore wagon, piece of shit Toyota Landcruiser
ペット: リーフという名前のゴールデンレトリバー。もう俺のことを誰だかわからないけどね。
好きな食べ物:日本食とメキシカンフード
何からインスピレーションを受ける? DCのビデオにでているダニーウェイのようにでかい事や新しい事にトライする人、また’Yeah Right'のような映画も好きだね
君にとって完璧な幸せとは?本当にいい波でいつもサーフィンして、たくさん食べて、たくさん笑うこと。
どんな言葉やフレーズをよく使う?'Rip into it' ........僕はくだらない言葉をたくさん使うよ
自分にとって一番の業績は?好きな事をして暮らす事!僕はたとえ仕事ではなかったとしても毎日サーフィンしていると思う。
もし何かに生まれ変われるとしたら?マニアックはロックスターかな!
もしどこでも好きな場所で暮らせるとしたらどこが良い?クイーンズランドのGoldyがいいね
友達に一番大切に思うことは? なんでもやってしてしまうこと。
何が人生のモットー?なんでもやってしまおう!

スキニーな少年

Tajは、7才の時に西オーストラリアの南西でサーフィンを始めた。Yallingupは人口が少なかったが、フジツボだらけの岩や、危険なポイント、風が強く吹くビーチブレイクはあり過ぎるほどあった。こうした環境に囲まれ、NancyとVanceの間で一人っ子として育てられたTajはサーフィンと出会った。始めてから間もない2年後に、地元のアンダー18のコンテストに出場してからは、世界中の少年やジュニアのコンテストに進み、殆ど負けることがなかった。そしてTajは、スポーツ神童にしか与えられない、誰もが欲しがる賞Young Australian Sportsperson of the Yearに輝いた。

負けず嫌い...どんな時でも

ハードな’QS時代を、何年もの間、あるいは一生を掛けてバトルするサーファーがいる中、Tajはデビューの年にWCTにクオリファイし、18才の時に当時最年少で’CTにクオリファイしたが、すぐに遠ざかってしまった。トップ45に入るチャンスを見逃すのは、ワールドサーフィンの歴史に於いて、とても珍しいことだったが、その理由は、時間を掛けてサーファーとして成熟し、「世界タイトルの真の競争者」になるため、ということだった。そしてTajは事実、翌年に戻ってきた。’CTにフルタイムで参加した初年の1998年は、TBがRookie of the Year賞を受賞し、1999年はOccyに続いて2位になりガラスのトロフィーをフルーツボウルに使った。Yallingup出身の彼は将来の世界王者だと謳われたが、ピンポンからポーカーにいたるまで類を見ないコンペティティブな性格を持つTeebsは、賭けごとを知っていた。

クリエイティブな天才

もしきみのお母さんが、沢山の映画に出ているからってTajをハリウッドスーパースターか何かと勘違いしたとしても許せるだろう。1998年の映画「Sabotaj」から我々の棚に並べることになったからだ。次回作「Montaj」は、2002年に、由緒あるSurfer Magazine Readers Poll Awardsの「Video of the Year」賞を獲得し。2005年には3作目「Fair Bits」をリリースし、ベン・スティラーとのスキットから、マレーシアのウェーブプールでのジェットスキーのジョークなど、サーフビデオとサーフィンというもの自体を新鮮で未開の方向へと導いた。フィルムで飽き足らない彼は、「Taj Burrow’s Book of Hot Surfing」という本も共著した。

スーパースター

サーフィンだけが彼の才能ではない。Tajは21世紀のモダン・サーファーを体現している。 未来から来たようなムーブのレパートリーをいくつも持っている。彼のフリーキーなエアーの才能は、常にみんなを魅了するし、若者に息を吹き込む。また映画や本だけでなく、世界中の雑誌のコラムに執筆したり、自身のウェブサイト(www.surfwithtaj.com)も持っている。リッチな人達や有名な人達とも付き合いがある。去年パリス・ヒルトンの携帯電話のスキャンダルが起こり、億万長者の女の子の電話帳が世の中に漏れた際、誰の番号が出て来た?Mr. Taj Burrow以外の何者でもなかった。今や上流階級地区のYallinggupの丘にある3つの家、クイーンズランドのゴールドコーストにあるペントハウス、MTVよりもピンプな車、そして世界的な名声は、どれもTBの努力の賜物なのだ。

将来

仲間でもありライバルでもあるAndy Ironsと違い、Tajはまだ最後のハードル – 世界タイトル – を飛び越えるまでに至ってはいないが、すぐそばにあるのだとみんなが感じている。毎年のツアーでの堅いパフォーマンスや、未来的なサーフィン能力、そして稲妻のようなコンペティティブな闘争心も持っているし、そんなに遠い話ではないはずだ。

2006年のTajは、じらすかのようにトップの真下に位置し続け、常にKelly Slaterの端役を演じた。ホームストレッチに入ってからの平凡な結果がTajを4位に留めるに終わったが、確かなことが一つだけあった。2006年シーズンは、Tajがビッグドッグ(大物)達と対等に渡り合えること、いつもトップに躍り出てくることを世界中に示した。Burrowにとっての世界タイトルは、毎年夢よりも現実味を帯びて来ている。





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